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VR/ARの未来

言語化できない感情表現を読みとるアイトラッキングの可能性

株式会社FOVE

VR空間の表現とコミュニケーションを加速させるHMD「FOVE」

2016年は「VR元年」と言われるが、こう言われるようになったのはコンシュマー向けのヘッドマウントディスプレー(HMD)が次々に発売されたインパクトが大きい。Facebook傘下のVR企業であるOculusの「Rift」や、台湾のスマートフォン大手HTCの「Vive」、そして日本のソニーが満を持して発表した「プレイステーションVR」などにより、一般の手に届くようになってきた。

大手企業がしのぎを削るなかで、従来のHMDの一歩先を行くプロダクトで世界の注目を集めているのが、世界初のアイトラッキング機能を搭載したHMD「FOVE」をプロデュースする株式会社FOVEだ。同社は2014年5月、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)のゲームプロデューサーであった小島由香代表取締役 CEOと、その友人で画像処理の専門家であるロックラン・ウィルソンCTOの2人によって創業されたスタートアップである。

その後、米国のクラウドファンディングサービス「kickstarter」で48万ドルの資金調達を達成。2015年には「FOVE」を用いた作品「Eye Play the Piano」がカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで入賞するなど、日本発のハードウエア系スタートアップとして、国際的に高い評価を得ている。

HMDとしての「FOVE」の最大の特長は、使用者の目の動きを認識するアイトラッキング機能にある。これにより、マウスやモーションコントローラーを使うことなく、視線で素早くUIの操作をすることができる。例えば、仮想のキャラクターと目が合うとほほ笑みかけてくるなど、より高次元のインタラクティブなコミュニケーションが実現できるようになった。また、GPU(グラフィックス プロセッシング ユニット)のレンダリングを最適化して、ユーザーの注視点のみにグラフィックのクオリティーを集中させることで、マシンのパフォーマンスを向上させることができ、ひいてはコストの低減につなげることも可能にしている。

VR領域に限らず、アイトラッキング技術に対する注目度はここ数年で飛躍的に高まっている。GoogleやFacebookなどが、アイトラッキング技術を開発するスタートアップを買収するなどしており、さらなる成長と進化が見込める分野であることは間違いない。

VRは物理的な制限を超越するツールに

これまでのHMDにない、「目の動き」という点に着目したのはなぜか。小島氏は、次のように話す。

「当初は、人間の表情をバーチャルキャラクターが認識して反応するような、表情認識機能の実現ができないかと考えていました。しかし現状では、PCは人間の笑顔を認識することはできるのですが、怒りや悲しみといった表情を認識するのは厳しく実用レベルではありません。一方で、プラトンの名言に『目は心の窓である』という言葉がありますが、ユーザーが何をどのように見ているのかというのは、テキストに載らない情報がかなりの部分を占めているのではないかと思うのです。そこで、私が最も興味のある感情表現という点で、目の果たす役割は非常に大きいと考えました。アイトラッキング技術を突き詰めることによって、バーチャルキャラクターと言葉を必要としない非言語コミュニケーションがとれるはずだと思ったのです」

加えて、アイトラッキングの技術は、ユーザーがどこを見ているのかを位置座標で確実に把握することができ、すでに医学領域では難病患者のコミュニケーションに利用されているなど、十分に信頼できる技術であったことも大きかったと小島氏は語る。

「あるとき、FOVEを見てもらった脳科学の教授から『これをぜひ自閉症患者に向けて使ってみたい』というお話をいただきました。話をよく聞いてみると、自閉症の方は人の目を見ることをまぶしく感じたり、痛いと感じたりしてしまうらしく、目を見て話すことができないのだそうです。ですが、VRという空間であれば人と対話する練習を、ある程度リアルな感覚で繰り返すことができ、症状を緩和できるのではないかと言われ、実験に協力したことがあります」

想像できる利用用途はさらに広がっている。「もし寝たきりで動けない方がVR空間上で旅行ができたら」「プロスポーツ選手の見ている景色をVRで疑似体験できたら」など、物理的な障害を超えるツールとしても、VRは非常に大きな可能性を秘めているのだ。

VRの進化が「没入感」の定義を変えていく

自身がゲームファンであり、ゲームプロデューサーの経歴もある小島氏から見て、ゲーム業界やVRを取り巻く業界の変化で注目すべき点は何かと問うと、「“没入感”という言葉の示す意味が変化してきたことだ」と指摘する。

「例えば、初めてOculus Rift DK1が出たときの没入感というのは、ユーザーがVR空間に存在するということでした。つまり今、画面の外にいる自分が、画面の中の世界に存在しているという感覚があれば満足だったのです。しかし今は、モーションコントローラーなどの登場により、その世界に入った後、どうその世界を操作していくのか、VR空間にユーザーが働きかける段階に来ています。そして次のステップは、その世界を自分一人が操作するだけでなく、何らかのリアクションがVR空間から返ってくるなど、双方向のコミュニケーションが発生することで、さらに没入感が高まっていく段階だと思います。Facebookなどが提唱しているソーシャルコミュニケーション・プラットフォームなどは、こうした一歩先のレベルのものではないでしょうか」

VRにおける「没入感」が進化していくなか、FOVEはそこに、どのように関わっていくのか。小島氏は、自らの原点である表情認識が大きなテーマになると話す。

「かつてのVR空間では、ユーザーがアバターを『操作』しているという感覚でした。しかし、レンダリング技術の向上によって、今はVR空間のアバターにユーザー自身が『憑依(ひょうい)』しているような感覚といっても過言ではないほどのレベルになっています。だからこそ、自分の目の動きはもちろん、表情の動きもすべてトレースできるようになるべきだと私は思うのです」

小島氏によれば、現在、人間の目の動きと顔の下半分の動きを組み合わせることで、かなりの精度で人間の表情をそのまま、VR空間のアバターにトレースさせることができるようになっているという。そこで、HMD「FOVE」の次のモデルには、これらの技術を使った表情認識を取り入れることを目指している。

アメリカ・ベイエリアと日本、それぞれの環境特性を生かした経営戦略

VRの関連業界を動かすような重要な意思決定は、その多くがアメリカ・ベイエリアで起こっている。そこで小島氏らは、FOVEという会社そしてプロダクトとしての「FOVE」の存在感を示すという意味で、VRムーブメントのど真ん中であるアメリカ・ベイエリアに本社を移すのが最適と考えた。このため、FOVEは2015年2月に本社をサンフランシスコに移転したが、開発部門は東京に置かれている。その理由は、エンジニアの数や質、パーツ供給の利便性など、ハードウエア開発に関しては、圧倒的に日本が有利だからだ。

「アメリカには、家電メーカーやその工場などがあまりありません。そのため、ちょっとしたパーツひとつとっても、うまく調達できないのです。また、ハードウエアエンジニアの絶対数も少なく、人件費も非常に高くなります。こうした点で、日本を含めたアジアは、やはりハードウエアに関しては圧倒的に強いですね。ハードウエアエンジニアは、日本で採用したほうがよいことは間違いありません」

FOVEでは今後、さらにアイトラッキング分野の研究開発に力を入れていくことから、この分野の研究経験のある人材を求めているという。また、HMD「FOVE」だけでなく、それを使ったゲーム開発のためのライブラリ整備に関し、SDK(ソフトウエア開発キット)を開発・加速させるためのソフトウエアエンジニア、具体的にはC++に習熟したエンジニアの募集を考えているという。

アイトラッキング機能を搭載したHMD「FOVE」は、2016年11月3日からWebサイトにてプレオーダーを開始。2017年初頭には発送を始めるという。また、日本と韓国のインターネットカフェと提携し、最大約7,000店でHMD「FOVE」の体験ができるようになる。2017年末には、数万台のHMD「FOVE」が流通する予定だ。これにより、VRの世界は、確実に一歩先の未来へ進むことになる。加えて、次期モデルでは2Dカメラを搭載し、表情認識からVR空間のアバターに反映させ、さらにリアリティーのあるコミュニケーションを実現させたいと小島氏は強調する。

「VRを使ったゲームやコミュニケーションに対しては、『孤独や引きこもりを助長するのではないか』という疑問や批判もあります。しかし、私はむしろ、VRの進歩が新しい形のコミュニケーションを生み出し、病気や障がい、加齢などによってコミュニケーションに不自由を強いられている人にも、VR空間を通じて健常者と変わらないコミュニケーションが実現できる機会を提供できると考えています。そのためには、視線や表情、空気感といった、テキストに載らない情報をどうすくい上げていくのかが課題であり、私自身の変わらぬ興味でもあります。アイトラッキング分野で最前線を走り続けるためには、研究開発者やSDK開発エンジニアのさらなる増員が不可欠です。リスクを恐れずチャレンジし、成功を積み重ねることで、『FOVEは常に世界の2年先を行っている』といわれるような会社にしていきたいですね」

■プロフィール
株式会社FOVE
https://www.getfove.com/
代表取締役社長 CEO 小島由香
ソニー・コンピュータエンタテインメント、グリーを経て、2014年5月にFOVEを設立。ソニー在籍時、ゲームプロデューサーとして「サルゲッチュ」「俺の屍を越えてゆけ」などを担当。FOVE設立後、日本企業として初めて「Microsoft Ventures Acceleration Program」に採択される。そのほか、「第7回 SF JapanNight」優勝、「Eye Play the Piano」(共同制作)が「VR creative award 2015」最優秀賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている。

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