探そう、まだ見ぬ未来を。

ロボットの未来

いつでも誰かとつながっていられる「分身」を。
世界が注目する「分身ロボット」OriHimeとは

株式会社オリィ研究所 結城明姫

厚生労働省の統計によると、平成26年度の入院患者数は131万9千人。入院と自宅療法を含めた難病(特定疾患)指定を受けている患者はおよそ93万人もいる。それらの人々のなかには、家庭、あるいは病院という狭い世界で日々生活し、社会とも家族とも交われない孤独感、孤立感を抱いている人がたくさんいる。分身ロボット・OriHimeは、その孤独感が発端となって生まれた。OriHimeの誕生から4年、インターネットを通じて遠方の家族や友だちとのコミュニケーションをうながすだけでなく、その人特有のしぐさや存在感まで伝えることができる。家族とのだんらんや友だちとの共有体験、あるいは在宅勤務のツールとして、ユーザーの世界を広げる存在になり始めているOriHimeとその生みの親・株式会社オリィ研究所が描く未来とは。同社創設者の一人であり、CFOを務める結城明姫氏に話をうかがった。

孤独から生まれたロボットはユーザーの分身

――OriHimeの原点は、オリィ研究所の吉藤社長が子どものころに体験した入院からだとか……。

そうです。その長期入院からくる強い孤独感がOriHimeの原点です。入院中は、周囲に人はいるものの、家族や友だちといった心を通わせる人がいつもそばにいるわけではないので、世間から孤立したようでとてもさびしいんですね。私自身も、高校1年生のときに入院・自宅療養を経験し、家へ帰れない、学校へ行けないという孤立感を味わっているので、吉藤の「分身ロボット」というコンセプトに強く共感してプロジェクトに加わりました。他のメンバーも入院経験こそないものの、共感してくれる人が集まってくれて、「分身ロボット」というコンセプトが徐々に形になってきたわけです。

――ロボットの形になったのはどうしてですか?

単純に情報交換だけが目的なら、電話でもいいのかもしれません。でも、電話はその時間、相手を拘束してしまいますし、時間を共有することは難しいです。例えば入院中にお祭りの雰囲気を感じたいと思って、お祭りへ行っている友だちへ電話をする。「もしもし」という向こうからドーンと花火の音がする。電話した側は「このまま電話をつなげていればお祭りの雰囲気を楽しめるな」と思っても、実際は「今、別の友だちと一緒だからまたかけ直すよ」と切られてしまったというエピソードをよく吉藤が話します。

空間と空間がつながっていても、その場にいることを当然のように受け入れてもらえるデバイスではないわけです。でも、もしその場に、自分のもう一つの体があったらどうでしょう。友だちは会話を断ったりしないでしょうし、一緒に花火を見て喜んだり、一緒にお店まわりをして楽しみあえるでしょう。だからこそ、アバター性があって人間を想起させられるロボット技術に着目しました。

――市場には他のロボットもありますが、それらとの違いというのはどのようなところですか?

今市場に出ている遠隔ロボットはいくつかありますが、人工知能に主眼を置いたり、移動やコミュニケーションを中心に据えたりと、さまざまです。会議室へ移動したり、案内したりするのには適していますが、入院中の子どもと同等の存在感があるか、お祭りへ一緒に連れていけるかと言われれば、他のロボットは最適ではないかもしれないと思っています。

OriHimeはあくまでもユーザーの「分身」である必要があります。プロトタイプには脚がありましたが、二足歩行では不安定ですし、持ち運ぶことを考えると大きさがネックになってしまう。また、保管の時に大きさだけが目立つと邪魔になってしまうかもしれない。なので、存在感がありつつも邪魔にならない大きさと安定性を両立させるため、脚を取り払い、およそ700gと小さい現在のサイズになりました。

――移動が必要なときには誰かに運んでもらうのでしょうか?

現在のユース・ケースは、入院先や単身赴任先などから自宅へ帰りたい、学校へ行きたい、会社へ行きたいといった、ある程度決められた場所での活用です。そのため、その場へOriHimeを置いて、そこへパソコンなどでアクセスをすればよいわけです。しかし、ユーザーは離れたところにいますから、オフィスから会議室や応接室へ行く、学校から遠足へ行くなど、そこからさらに移動する場合には誰かに運んでもらう必要があります。そこでまたコミュニケーションが生まれるわけです。

とはいえ、どうしても持っていけないケースもあります。そこでOriHimeをあらかじめ至る所に置いてしまうアイデアがあります。例えば、さまざまなお店に置いてもらう。すると、高齢の方や買い物へ行けない方、障がいのある方が各店舗にあるOriHimeへアクセスして、いろいろな商品を見て、買ってくれるようになるかもしれません。

それでお店の売り上げが上がるのならば、お店にとってもOriHimeを置くモチベーションになりますし、ユーザーがアクセスできるところもどんどん増えていくのではないかと考えています。銀行や役所の窓口に置くのも良いですね。自分の行きたいと思うところにOriHimeがあれば、そこにアクセスするだけで、買い物もコミュニケーションも、そして風景や音までも楽しめる。そんな世界がつくれるのではないかと思っています。

ソフト、ハードともにOriHimeは今なお進化の途中

――OriHimeを至る所に置くということですが、何か制約、制限などはないのでしょうか?

OriHimeにとってインターネットは空気のような必要不可欠なもので、ネット環境が整っていなければなりません。通常は光回線を経由し、ハイビジョン画質できれいに見聞きできるものが採用されますが、最大280kbpsしか使わずに使用できるモードも搭載しています。インターネット環境があまり整備されていないエリアでは低画質モードでつないでいただけます。

――ネットワーク関連やアプリケーションのバージョンアップはどの程度の頻度で行われますか?

OriHimeがネット経由でやりとりする情報量は、かなり多いです。しかし、今よりももっともっと良くしていけると思っています。圧縮や暗号化などは、どこまで品質を高めるか、どこまで安定性を高めるか、そのベストバランスを探しつつ最適なやり方を見極めるよう心がけています。

一方でアプリケーション、ソフトウエアについては、かなり頻繁にバージョンアップしています。特に新しい機能等については、1週間に 1回のペースでバージョンアップすることもあります。例えば、「ミュート機能を使いたい」などのニーズがあった時は、対応するプログラムを3日以内に開発しました。そのようなブラッシュアップを頻繁にやっています。

――ハード面でのバージョンアップはいかがですか?

このハードは結構つくり込まれていますので、今のところ、ソフト面が中心で、ハードは最後の調整と考えています。とはいえ、新しいハードの開発も進めています。特に多いニーズで「腰ひねり機能が欲しい」というものがあります。これを「ユーザーが周囲を見渡せればいい」とだけ解釈すると、首が全方向にぐるぐる回るようにすればいいだけかもしれません。

でも、そうしてしまうと人間らしさが一気に消え失せ、「分身ロボット」ではなくなってしまう。分身ではなく、単に人の形をしたカメラになってしまうでしょう。そうした面までおもんぱかって、腰をひねるようにOriHime自体が回転するタイプを開発中です。

――OriHimeをユーザーの「分身」とするために力を入れている部分はどのようなところですか?

まずは、うなずくしぐさです。現在「うんうん」と書かれたボタンを押すとOriHimeがうなずきます。それを見ているOriHimeのまわりにいる人は「相づちを打ってくれている」と満足してくれるのですが、うなずいている側、ユーザーの行為はボタンを押すことなのでもっとそこを違和感なく操作できるユーザーインターフェースの開発も考えたいと思っています。

また、話しているとき、私たちは自然に身ぶり手ぶりを行っています。この身ぶり手ぶりは既に搭載しつつあります。声のトーンやマイクの入力信号を感知して、「無意識の動作」をOriHimeの腕の動きとして表出させる機能です。

そのように、ユーザーの今の感情をどう表出させるのか、それをその人特有の存在感として出すにはどうすればいいのか、そうした視点でインターフェースや動き、デザインなどの開発を続けていく必要があると感じています。

実際にOriHimeを使った時は、本当にOriHimeが操作者に見えてくるんだな、と再認識した経験があります。当社に寝たきりの社員で番田君という人がいるのですが、私が番田君のふりをしてOriHimeにアクセスし、声を出さずに対応してみたんです。すると、ほんの短い時間で相手にバレてしまいました。「結城さんですよね? 番田君はこんな動きしませんよ」って。それは番田君と私とで動きが違い、OriHimeがそれをしっかりと表現していたからだと思います。番田君にとって、OriHimeはまさしく分身なのですね。

OriHimeがいる場所の数だけ世界は広がっていく

――OriHimeを分身として、どこまでユーザーへ近づけたいとお考えですか?

現在の顔のデザインは能面を参考にしてキャラクター性をなくしたり、視線を感じられるような猫の目の形状にしたりしています。アナログで一見無表情に見えるもののほうが、感情を伝えやすいという考えに基づいているわけです。

もともと病気の方を対象にしていたため「リアルタイムの顔を出したくない」という要望が強く、在宅勤務のお母さんなども同様なのですが、例えば離れて暮らしている家族同士のコミュニケーションの場合などは「顔を出したい」という要望もございます。

そこで、分身としての存在感を損なわず、相手の顔も見たいという要望にどうやって答えていくかはまだ議論の最中です。また、本人の顔そっくりの3DプリントしたシリコンをOriHimeにかぶせたこともあるのですが、表情も変わらないし、やはり強い印象が残ってしまいました。

「極限まで人間に近づける研究」は私たちの最重要課題ではありません、それよりも同じ「手を振る動作」でも、どんなタイミングで、どんなシグナルが入力されたときに、どのように印象が変わってくるかなど、どのようにして「その人の存在感」を高められるかの研究を深めていきたいと思います。

――その他、想定している活用方法にはどんなものがありますか?

通訳や観光案内といったアイデアも考えられますね。やり方としては、パソコンからOriHimeを操作する人を呼び出せるので、その機能を使います。例えば、各自治体の窓口などの端末で英語、中国語、フランス語といった選択肢が表示され、それを押すと通訳者の端末に「OriHimeから呼ばれています」と表示されます。通訳者がそれを見て該当するOriHimeへアクセスして通訳する、という形です。同じ方法で観光案内もできると思います。ただ、現状では不特定多数の前に置き、どうやって使うかといった部分の実証試験がまだ不足している状態です。

こうした各地にOriHimeを置く試みについては、全国へチェーン展開している会社や自治体と協力している大手企業などと提携・協力するのが最善かと思います。まずは、そうしたチェーン店や窓口で「こんなものがあるんだ」とOriHimeを知っていただき、親しんでもらい、地域の方が慣れてきたら、まわりにOriHimeを入れていただく……というイメージですね。ゆくゆくはもっとコストを抑えて、単身赴任をしている一般家庭などにも使ってもらえるようになればいいと思います。

また最近では、OriHimeでコンサート会場にアクセスするトライアルをやりました。たまたまそういうお話をいただいたのがきっかけですが、学校や家、会社だけでなく、コンサートや旅行にも出かけたいというニーズは確かにあります。そういった部分がビジネスモデルとなれば、あるいはユーザーが増えていけば、どんどんOriHimeで行けるところが増えていくと思います。

――今後、海外展開の予定はありますか?

OriHimeはネットにつながりさえすれば地球の裏側でも即座に、リアルタイムでアクセスできます。だからこそ、2017年度には、多少なりとも海外での実例をつくっていく予定です。現在はそれに向けて、どこのマーケットにするか、規制はどうかといった部分を含めて検討しています。特にOriHimeよりも先にOriHime-eyeという文字ベースのソフトウエアに対する問い合わせが海外からも多く来ていますので、その英語版対応が最初になるかと思います。他にも、ヨーロッパ圏での実証試験も計画しています。

これはまだまだ先の話かもしれませんが、ゆくゆくは世界の大都市や観光名所のさまざまな場所にOriHimeを置き、病床の方や高齢の方、忙しくて旅行もできない方などが、ニューヨークやパリなどの世界遺産に置かれたOriHimeとつながり、どこにいても世界中を観光できるようになるとうれしいですね。そしてできれば、その場の匂いや食べ物の味なども伝えられるようになれば、本当に自分の分身として大きな存在になってくれると思います。

――最後に、OriHimeを開発する仲間としてどんな人材に来てほしいか、教えてください。

一つはOriHimeや、あるいは福祉に必ずしも興味がある必要はないと思います。むしろ自分がやりたいことがはっきりあって、そのなかのどこかにOriHimeという事業が関わっているほうがうれしいです。例えば、在宅勤務にすごく興味があって、その一部としてOriHimeがおもしろいと思う方も歓迎ですし、自分自身が難病などの経験があって、コミュニケーションの補助に興味があるという方でもいいです。そういう自分なりのパッション、熱意がある方が来てくれたら、きっとOriHimeはもっと良くなっていくでしょうね。

■プロフィール
株式会社オリィ研究所
http://orylab.com/
共同創設者・最高財務責任者(CFO) 結城明姫

高校時代に流体力学の研究を行い、2006年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)にて文部科学賞、YKK特別賞をダブル受賞。翌年同大会に再出場し、グランドアワード優秀賞受賞。大学入学後、Asia Science Camp2009にてBronze Medal獲得。2011年に早稲田ものづくり大賞、学生起業家選手権、キャンパスベンチャーグランプリ等において同社の共同創設者で現CEOの吉藤健太朗氏と共に優勝。OriHimeのコンセプトに賛同し、共同創設者の一人として、財務・法務からプロジェクトマネジメントまで、会社のビジネス面を支えている。

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