探そう、まだ見ぬ未来を。

ヘルスケアの未来

睡眠のあり方を変えれば、日本経済に数兆円のインパクトが生まれる

株式会社ニューロスペース

睡眠ソリューションの確立を目指す

しっかりと眠って疲れを癒やしたほうが効率も上がることは認識しつつも、仕事や外せない用事で時間に追われるあまり、ついつい睡眠時間を削ってしまうビジネスパーソンは少なくないだろう。そればかりか、短時間の睡眠でも仕事をバリバリこなせることを自慢するような人姿もしばしば見かける。だが、睡眠領域におけるトップ企業を目指すニューロスペースの小林孝徳代表取締役社長はこう指摘する。

「自分がいかに寝ていないかを自慢をするのは日本人くらい。ここまで睡眠を軽視している国民は、世界的にほとんどいないと言っても過言ではないでしょう。欧米人には、睡眠時間を短縮しようという発想がないのです。最適な睡眠によって、個人の能力を120%まで引き上げることが可能だと思いますから、それは当然のことでしょう」

睡眠において重要なのは、費やす時間だけではない。十分な時間を確保しても寝起きが悪い場合は、わずかな休息を設けることで頭がさえわたる場合もある。

「理想的な睡眠については、個人差が非常に大きいとされています。睡眠は食事や運動とともに、人間の健康に深く関わるものでありながら、食事や運動に比べるとおろそかにされがちです。現に、日本の成人の5人に1人が睡眠で十分な休息がとれていないと答えています」

健康を維持するための食事や運動に関しては、古くから研究が進んでおり、比較的気軽にアドバイスが受けられる環境が整っている。栄養バランスのとれたメニューを用意する外食店も珍しくない。いつでもスポーツジムで汗を流すこともできる。体組成計をはじめ、現状把握や改善後の効果を測定するツールもそろっている。ところが、睡眠にいたっては、そのようなソリューションが確立されているとは言いがたい。

寝心地のいい枕や快眠を誘うアロマなどは広く出回っているものの、個人に応じて完全にカスタマイズされているわけではなく、その効果が不確かであるケースも少なくない。睡眠薬にしても対症療法にすぎず、抜本的な解決策にはなりにくいと小林氏は話す。

個人が自分の睡眠の状態を手軽かつ客観的に把握し、的確な改善を施せるというプロダクトやサービスは、いまだかつてほとんど誰も提供していない……。大学受験のころから自分自身も睡眠障害に苦しんできた小林氏は、睡眠の重要性と抜本的な解決策が世の中に存在していないことを痛感し、2013年12月にニューロスペースを起業した。

睡眠を「見える化」するツールを開発

誰もが理想的な睡眠をとることができれば、健康の維持にもつながり、予防医療的な観点からも非常に意義深い。そして、小林氏が冒頭で指摘したように、個々の生産性もおのずと向上するはずだ。

日本大学医学部の内山真教授の調査によれば、睡眠障害に伴う日本の経済損失は年間3.5兆円に達するという。ようやく社会も睡眠の重要性を認識し、小中学校の間では理想的な睡眠について学ぶ「眠育」が広まりつつある。こうした動きに先駆けて設立されたニューロスペースがまず着手したのは、体重が数値として表される体重計のように、睡眠の状態を「見える化」するためのツールの開発だ。

すでに、ちまたでは睡眠の質を測定できるリストバンドやスマホアプリなどが出回っているものの、それらには体重計レベルの精度が備わっているとは言いがたいのが実情だ。一方、医療現場などにおいては高精度の検査装置が普及しているが、大掛かりかつ高価であり、個人が気軽に利用できるものではない。そこで、小林氏は筑波大学の研究機関の協力を受けながら、独自の睡眠脳波計の開発に乗り出した。

「睡眠の状態をきちんと見極めるためには、脳波を測定する必要がありますが、既存の装置は一般家庭向けではありません。個人が気軽に使えるように、高性能でありながら小型で低価格の脳波計を目指しました」

ところが、その脳波計にも看過できない大きな問題がある。測定のためには、頭部にセンサーを装着しなければならなかったのだ。人によっては、それが不快で心地よい睡眠を妨げられるというパラドックスにも陥りかねない。こうした点を改善すべく、小林氏はさらに研究開発を進めた。そして、ついに究極とも呼ぶべき睡眠計測ツールが完成しつつある。

「脳波の測定は不要で、装着する煩わしさがありません。それなのに、精度が高いというデバイスを開発中です。しかも、たとえ4時間しか眠れなかったとしても、睡眠の質を最大限に向上させるにはどうすればいいのかがわかります。すでにプロトタイプは完成しており、できる限り速やかに正式なプロダクトとしてリリースしたいと考えています」

このデバイスが体重計や血圧計などとともに家電製品売り場に並ぶようになれば、日本人の睡眠に対する意識も様変わりするかもしれない。今まで定量的、定性的に測定することが難しかった睡眠の質が目に見える、納得できる形でアウトプットされる未来は近い。

睡眠マーケットの対象は「人類すべて」

もちろん、自分の睡眠の状態を正確に把握できたとしても、どのように改善するのがベストなのかという解は、その道の専門家でなければ自力では見つけられないものだ。小林氏いわく、最適な睡眠は遺伝子や脳の活動、さらに職種などの違いによってかなりの個人差があるという。

社会の大半の人たちは睡眠について適切な教育を受けてこなかっただけに、おのおのが最適な解を導き出すためのフォローが求められる。ニューロスペースは個別対応も手がける一方で、睡眠に関する企業研修にも力を入れている。

ニューロスペースが掲げるミッションは、「産業現場における睡眠の改善と、それがもたらす労働生産性の最大化による働き方の革命」である。外食チェーンやIT企業、コールセンターなど、仕事の内容や勤務形態によって睡眠障害が発生しがちな業界を中心に、さまざまな企業がニューロスペースの研修を導入しているという。

その一例が株式会社吉野家ホールディングスだ。「同社が運営するチェーン店で働く従業員の多くは、日勤業務と夜勤業務があり、ただでさえ睡眠のリズムが乱れがちです。さらに、夜勤明けに日光を浴びて体内時計がリセットされたり、周辺の生活音がうるさかったりして睡眠が阻害されてしまうことが分かっていました。そういった環境のなかで、100%理想的な睡眠をとることは難しくとも、限られた時間や環境のなかで最も効果的な睡眠をとる方法を見つけ出してアドバイスを行っています」

また、今やソーシャルゲームの運営にとどまらず、多方面にビジネスを拡大している株式会社ディー・エヌ・エーも、ニューロスペースの研修を採用した企業のひとつだ。同社はデスクワークの従業員が大半を占めるが、職種や事業部によって睡眠に関する悩みはかなり異なっていた。

「事前に各方面の社員の皆さまにヒアリングを実施し、傾向分析を行ったうえで『DeNA流睡眠研修』というオリジナルの内容でアドバイスしました。参加者に回答を求めたアンケートでは満足度が90%を超えましたし、被験者の66%が睡眠に改善が見られました」

睡眠に対する根深い先入観のひとつとして「8時間の睡眠時間を確保すればいい」という考え方があるが、これはすべての人にあてはまるものではない。画一的な改善方法はないが、誰でも快眠を得るための解は必ず存在するはずだと小林氏は話し、睡眠コンサルティングという領域において、ニューロスペースは国内オンリーワンの地位を確立しつつある。

「睡眠とは技術であり、特別な能力を持たずとも、誰でも上達できるものなのです。ただ、一人ひとりに個別カウンセリングを続けていくのは難しい面がある。そこで当社は株式会社iCAREと連携し、チャットを通じた個別の睡眠お悩み相談サービス「My Sommnie」を提供したり、着衣型の心拍センサーなど高度なICT・IoT技術を保有するパナソニック株式会社と連携し、睡眠の個人差に寄り添ったサービス開発を行ったりしております。食欲と同じく、睡眠は人間の生理的な欲求です。さまざまな料理を堪能する食事のような感覚で、睡眠もその質や異なるアプローチをあれこれと楽しめる世の中になってほしいですね」

すべての人類に睡眠が不可欠であるだけに途方もなく巨大なマーケットに小林氏は挑んでいる。

株式会社ニューロスペース
代表取締役社長 小林孝徳

栃木県出身、アメリカの医療機器メーカーでのインターンシップを機に予防医療に興味を持つ。ITベンチャー企業に入社し、法人営業、Webマーケティングに従事。2013年12月、株式会社ニューロスペースを設立。

LATEST POST