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ヘルスケアの未来

AIで医療の新たな仕組みをつくる

株式会社情報医療

臨床医から政策シンクタンク、そしてマッキンゼーを経て起業

世界でも類をみないスピードで高齢化が進む日本。医療費は2025年ごろには50兆円を超すといわれ、さらなる少子化・高齢化も予想されている。日本人の死亡原因の約6割が生活習慣病に起因し、慢性疾患の予防や疾病マネジメントの重要性も指摘されている。そのようななか、制度改革やIT、医療データの活用などによる、官民それぞれの立場から新たな仕組みづくりが始まっている。また、自ら起業する医師も増えてきている。

2015年に株式会社情報医療を設立した、原聖吾代表取締役もその一人だ。臨床医として働いた後、日本医療政策機構で生活習慣病や国際保健プロジェクトに従事。その後、マッキンゼーでビジネスの側面からヘルスケア事業にも関わる。もともと医師として働いていた原氏が、このような経歴を歩み、起業したのはなぜなのか。

「臨床医はとても大切な仕事ですが、一人の医師が救える患者の数には限界があります。また実際に医療現場で働いてみて、日本の医療がさまざまな課題を抱えていることを痛感しました。そこで医療の仕組みを変えることで、より多くの人を救えるのではないか。そんな問題意識を持つようになったんです」

例えば、現在の日本の医療は治療が中心だが、もっと早い段階から患者と関わることで、重症化を防いだり、予防したりできる可能性がある。今後、医師不足が予想されるなか、遠隔診療やAIによる医師のサポートの重要性が高まることは間違いない。

また現在、電子カルテが導入されている診療所は全体の3、4割ほど。パソコンに入力された医療データも、ほとんど有効に活用されていないのが現状だ。「そのような医療情報を集約、蓄積し、うまく活用することで、人々がより健康に暮らせる社会をつくれるのではないか」。情報医療という社名には、そんな思いが込められている。

深層学習で患者に寄り添った治療を提供

同社が提供する遠隔診療システムcuron(クロン)は、病院側がWebアプリ、患者側がモバイルアプリを導入し、両者がオンラインでやり取りをするというものだ。患者はモバイル端末によるビデオ通話等で問診を受け、医師が処方箋を出し、患者まで届けられる。決済もアプリ上でできるので、わざわざ病院まで足を運ぶことなく、家にいながら診療を受け、薬を受け取ることまでできるのだ。

curon(クロン)は、すでに数百の医療機関で導入されているという。一見すると遠方にしか病院がない地方で喜ばれそうなサービスだが、今のところ首都圏など都市部でのニーズが高いという。都市部では病院に通う時間をとれない多忙な人が多い。また、選択肢に入る医療機関の数も多い。そのため、医療機関は、差別化をはかるためにcuron(クロン)の導入を考える。

今のところcuron(クロン)は、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、アレルギーや皮膚科の疾患をもつ患者等を対象に利用されている。これらの慢性疾患は、薬の服用が面倒で治療を中断してしまう人が少なくない。そこで原氏らは、機械学習や深層学習を活用した継続的な治療を目指している。

「医師が適切に介入することで治療の継続につながるケースは多いのですが、多忙な医師が一人一人の患者にきめ細かく対応するのは難しいのが現実です。そこでわれわれは、医師と患者のやり取りのデータを蓄積し、機械学習や深層学習で分析することで、薬の服用をうながす効果的な介入方法を考えています。いずれ、どのようなタイミングでどんな言葉をかけると治療が長続きするかが分かったり、薬をやめそうな人や症状がより悪くなりそうな人を見極めて重点的に介入したりすることもできるようになるでしょう。AIを活用することで医師の負担を減らし、 より患者一人一人に寄り添った医療が可能になるわけです」

curon(クロン)とつながるデバイスを増やし、IoTとの連携も積極的に進めている。すでにオムロン株式会社の血圧計と連携し、血圧値を遠隔診療システムで共有して、医師が診療することも可能となっている。診療時だけでなく、普段の血圧を経時的に知ることができ、推移も分かるため、より質の高い診療が可能になるという。

医療分野のデータ分析は未開拓

curon(クロン)と並び、同社のもう一つの柱となるのがデータ事業だ。医療機関や企業、自治体などと連携し、既存の医療データを機械学習や深層学習で分析し、病気の予防法を提案する試みなどを始めている。

情報医療の最大の強みは、医師出身で医療業界を深く理解し、広い人脈をもつ原氏と、 Gunosyの創業メンバーの一人であり、書籍「Java Deep Learning Essentials」の執筆も手掛けた深層学習の専門家、巣籠悠輔CTOがタッグを組んでいることだろう。巣籠氏は学生時代からアプリケーションエンジニアとしてReadyforやGunosyの立ち上げに携わり、株式会社電通でクリエーティブ分野に従事。その後、Googleニューヨーク支社へ出向し、帰国してから情報医療に参加した。

深層学習という言葉が海外で注目を集めるようになったのは2012年ごろ。当時、人工知能とWeb工学を専門とする東京大学・松尾豊教授の研究室に所属していた巣籠氏は、まだ日本ではほとんど知られていなかったこの技術に強い関心を抱き、熱心に勉強を続けてきた。その後、この分野が日本でも大きく注目されるようになる。そんな深層学習の先駆者である巣籠氏が、医療分野の仕事をするようになったのはなぜなのか。

「医療という分野にとくにこだわりがあったわけではありません。ただこれまでのシリコンバレーのスタートアップの歴史を見ると、今はレベル3の段階に入っている気がします。レベル1はGoogleやFacebookなどエンジニアの力でのし上がれた世界。レベル2はUberやAirbnbのようなマーケティングやBtoCの知見も必要な領域。その後のレベル3でやって来るのは、恐らくドメイン・スペシフィックな領域になるでしょう。なかでもデータ分析に関してITが入り込めていないのが医療と法曹の世界です。私は原氏と縁があって医療分野を選択しましたが、未開拓な分野だけに大きなやりがいを感じています」

そんな巣籠氏が、チームとして一緒に働きたい人物の条件として挙げるのは、「臆せず新しいものにどんどんチャレンジする人」。情報医療では、JavaScriptのフレームワークなど新しいものをβ版のうちからどんどん使う。当然バグも多く、面倒なことも増えるそうだが「そんな困難やトラブルにも負けず、新しいことにチャレンジし、新しいことを吸収するのが楽しいと思える人。そんな人と一緒に仕事をしたいですね」と巣籠氏は笑う。

「現在の医療現場はさまざまな問題を抱えていますが、今の仕組みにもそれなりの理由があります。さまざまな立場の人が関わっている分野でもあり、そう簡単に変えられないこともあります。でも、だからこそ、チャレンジのしがいがあるのです。難問だからこそ面白い、やりがいがある。そう感じる人には、弊社はたまらない環境かもしれません」と原氏も語る。

世界で最も高齢化が進む日本は、医療分野における課題先進国といえる。また日本の医療技術は世界的にもレベルが高い。そこにAIや深層学習などの最先端の技術を活用することで、まだどこにもない新しい医療のかたちを実現できる。それは世界にも大きなインパクトをもたらし、エンジニア冥利(みょうり)につきる体験となるだろう。そうした仕事のやりがいは、セールスやマーケティングに従事する人間にとっても同様なのは間違いない。

「誰もがデータに基づく正しい科学的知見によって、納得して健康医療に関する意思決定ができる。そのような社会が私の理想です。そのための仕組みづくりにこれからも貢献していきたい」。そう語る原氏と巣籠氏らの挑戦は、今まさに始まったばかりだ。 

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