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「人が辞めなさすぎる」弥生が実践する、すべてに「一歩先」を徹底する組織運営術

弥生株式会社

「弥生ってスーツじゃないんですかって、たまに驚かれる方もいらっしゃいます」

そう笑顔で語るのは、弥生株式会社でシステム開発部シニアテクニカルリーダーを務める黒木進矢氏とビジネスプラットフォーム開発チーム統括リーダーの山田達也氏だ。

会計ソフト「弥生会計」の名前を耳にしたことがある人は多いだろう。中小企業・個人事業主・起業家向けに展開されている業務ソフトウエア「弥生会計」は、18年連続でシェアナンバーワンを獲得。2016年1月にはスモールビジネスのこれからの業務の在り方について、入力業務を最小化し、取引の発生から試算表作成までを一気通貫で自動化する「会計業務3.0」というビジョンを提唱している。

そんな同社の公式サイトにあるデータを見てみると、正社員の3分の1がエンジニアやプロジェクトマネージャーといった開発職であることが分かる。一般に「キャリアアップ、スキルアップのための転職」をする人が多いという開発職が多くを占める同社だが、全社としての離職率はわずか5%だという。

なぜ、弥生はここまで開発職から選ばれ続ける会社となったのか。採用以上に難しいとされる社員が定着する組織運営のヒントが、1978年に創業された同社にあった。

業務そのものに大きな変化はないが、コミュニケーションは進化している

弥生の歴史は業務システムの歴史。約30年間稼働し続けているシステムはそう多くない。このシステムを手がけている開発チームの特徴について、山田氏はこう語る。

「弥生シリーズの開発陣には、新しい技術を取り入れていくという意識が強いのです。30年前といえば、Windowsなんて当然ない時代。そこからさまざまな製品が生まれ、さまざまな技術が台頭してきましたが、常に新しいものを捉えるという点には強くこだわってきました」

そう山田氏が語る背景には2つの決意があるという。まず、「今後の30年を見越したブランドを作る」ということ。そして「弥生シリーズを活用した機能やコミュニケーション領域には最先端の技術を投入し続ける」ということだ。

弥生シリーズがカバーしている会計や簿記といった業務領域は、時折税率や法規が変わる程度で、抜本的な変化は起きにくい。一方で、弥生シリーズを日々利用しているユーザーのコミュニケーションに焦点を絞ると、最先端の技術を追求しなければいけない理由が見えてくる。

弥生が誕生した頃、ユーザー同士のコミュニケーションは電話やファクス、あるいはフロッピーディスクなどが主体だった。そこからインターネットの普及によりメールによるやりとりが主流となり、現在はそこからさらに進んでチャットタイプのコミュニケーションツールが台頭している。また、クラウドストレージによるデータ共有も普及している。業務そのものに変化はなくとも、ユーザーの選ぶコミュニケーションの質が変わり続けることで、弥生シリーズにも変化は不可欠なのだという。

また、社外に目を向ければ、業務会計という領域はFinTechのなかでも市場規模があり、かつ改善の余地が大きい領域だと見て多くの企業が参入を果たしている。当然、彼らと渡り合うために、業務会計の「老舗」である弥生もまた、変化しなくてはならない。

「ここで悩ましいのは、弥生には数十年来のファンがいることです」と黒木氏は言う。使い勝手を優先して最先端のUI/UXを実装することだけが正解ではない。例えば、長年弥生シリーズと寄り添ってきた会計事務所などのユーザーが、使い慣れたUI/UXを好むのはごく自然の流れだ。

「長年弥生シリーズを愛してくれている会計事務所にとって、弥生は手になじんだ道具のようなもの。事業者の方はクラウドをご利用くださっていますが、会計事務所は立ち上げ時のスピードやキビキビ動く操作性を考慮して、『プロ仕様』ともいえるインストールタイプを求める傾向が強いのです。自動車に例えると、今世の中は自動運転技術に対する機運が高まっていますが、その一方で、クルマを意のままに運転したいマニュアル車志向のユーザーは一定数存在します。クラウドが自動運転技術だとすれば、マニュアル車志向のユーザーが会計事務所の方々という構図でした。そのため弥生では、クラウドとインストールタイプそれぞれのUI/UXを追求しています」

2014年に銀行明細、クレジットカードなどの取引データの自動取込、自動仕訳機能を追加。2016年にはレシートや領収書のスキャンデータを自動で読み取り仕訳データに変換するペーパーレス経理を促進。同年末、スマートフォンでレシートを撮影し、画像データを弥生製品に取り込めるアプリのリリースによる入力効率化の実現といった手を打ってきた弥生。あらゆる事業者、会計事務所らの業務効率を改善するべく、ハードとソフトの両面から進化を続けている。

失敗できない変革に成功したことが、挑戦する風土を根付かせた

前述したように、弥生は事業者と会計事務所という異なるユーザーを抱えている。「もはや弥生シリーズがなくては仕事にならない」とも言われるほど、愛着を持たれるブランドになった。そうしたなかで「弥生って良いよね」というイメージを変えることなく、一方でより良いものに変えていくことは非常に難しい。この難題に長年携わってきたのが、黒木氏と山田氏なのだ。

黒木氏は1994年に弥生の前身であるシステムハウスミルキーウェイに新卒で入社。山田氏はエンジニアからエバンジェリストなどの経験を積み、2010年に同社に入社しているが、「入社してからは常に新しいことをしているイメージ」と笑う。特に象徴的だったのが、2010年に始まった確定申告用モジュールの刷新プロジェクト。繁忙期には当時所属していた50名近いエンジニアをほぼフル動員。同社において前例のない、かつ大きな変化が伴う挑戦的なプロジェクトだったという。

「確定申告用モジュールは、『帳票オリエンテッド』というコンセプトで、帳票に直接データを書き込むイメージで従来の確定申告機能を再構成しました。ベース機能はプロ用に作り、一般のユーザーには操作のナビゲーションをする機能でラッピングすることで、帳票に書き込むことに自然になじめるようにUXを作りました。『この変化は本当に受け入れられるだろうか』という不安もありましたが、良いものを作っているという自信もありました。そうしてふたを開けてみると、予想以上の高評価が返ってきたのです」と黒木氏。

山田氏は「あのプロジェクトを乗り越えたという事実が、エンジニアたちの自信につながり、そこから新しいことに挑戦するという土壌ができた気がします。現場のエンジニアから『コレが良いと思う』と意志を持った声が出てきて、未挑戦の分野でも面白そうであれば会社も任せてみる。他社と比較して残業時間が抑えられている点も離職率を抑える効果があると思いますが、何より挑戦を許容する風土が低い離職率につながっていると感じます。むしろ人材の循環という観点から見れば『離職率、低すぎるんじゃないか?』と思ってしまうこともなくはないですが」と冗談交じりに話す。

大切なのは一歩先を照らし続けること

弥生は現在、会計業務のみならず、商取引や人事・給与業務においても関連する存在をつなぎ業務を効率化する、「業務3.0」をビジョンとして事業を推進している。その点について黒木氏はこう語る。

「会計業務については、もっと自動化できると思っています。お客様がいちいち『これはこの項目に』と仕訳をしなくてもいい時代だって訪れるでしょう。ただし、そこにはわれわれの力だけではたどり着けません。銀行取引の記録がネットバンキングの普及によって取得しやすくなったように、例えば、私たちが普段何気なく使っている現金の取引の記録を取得できるようなインフラも必要です」

会計事務所などはいまだに紙ベースの文化が色濃く残っている。ただそこにFinTechなどの先進テクノロジーをうまく掛け合わせることができれば、より便利なサービスが生まれる。「私たちが掲げる『業務3.0』というビジョンには一足飛びでは到達できません。小刻みにバージョンアップを重ね、機が熟したら一気にアクセルを踏む」と、山田氏も同調する。

弥生はこれまでも顧客の一歩先を照らす業務システムの提供を心がけてきた。ユーザーが安心して歩みつつ、生産性を高められる「一歩先」にこだわっている。山田氏が言う「一歩先」とは絶妙で、そして難しいポジションだ。

「技術だけを考えていると、できることが多すぎて、理想論で2歩3歩先まで行きがちなんです。でも、一気に歩幅を増やすのはお客様に大きな負荷がかかったり、使いこなせなかったりしてしまう。幸いなことに、弥生には多くのファンがいて、その方たちの声がカスタマーセンターなどを通じて随時入ってきます。現状である程度満足いただいているお客様、新しさを追求したいエンジニア、マーケティング視点から戦略を立てるマーケターなど、それぞれの声を踏まえ、『新しいけれども、新しすぎない一歩先』を目指す。愛着のある道具たちがまた使いやすくなったと思っていただけることが、弥生にとって最大の成功なんです」

会計を取り巻くビジネスをより便利に変えていきたい。弥生の挑戦は30年近く一切ブレていない。一足飛びの便利さを提案し、産業構造を一気に打破しようとする企業もあるなか、今なお圧倒的な存在感を示す弥生の強さは、たゆまぬ挑戦から生み出されている。

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