探そう、まだ見ぬ未来を。

ビジネスモデルの未来

ユニバーサルデザインを、音の世界にも。聴こえのバリアフリーを実現するための挑戦

ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社 中石真一路

今、日本で障害者手帳を持っている聴覚障害者の数は約45万人。手帳を持っていない難聴者数はその20倍以上ともいわれる。これまで聴覚障害への支援といえば、難聴者側が補聴器をつけることがほとんどであり、言い換えれば話者側からの歩み寄りはごくごく限定的だった。そんななかで彗星のごとくあらわれたのが、ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社が開発した、卓上型対話支援システム「comuoon (コミューン)」。難聴者側ではなく、“話者側ができる聴こえ支援”というアプローチから生み出されたプロダクトだ。一見するとコンパクトでかわいらしいフォルムのスピーカーで、全国的に導入する場所が増えている。新しい発想と熱意で“聴こえの未来”を変えていこうとする、ユニバーサル・サウンドデザインの思いとは。

偶然の出会いから研究を重ねて生まれた、聴こえ支援機器

――起業のきっかけ、会社設立までの経緯を教えてください。

前職のレコード会社で、スピーカーを開発するプロジェクトに関わったとき、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の武藤佳恭教授にお会いして、「音を遠くの場所に届けるスピーカー」を開発されていることを知りました。その後共同で研究を行うこととなり、研究中に武藤教授から「先日難聴の人が来たのだが、このスピーカーだと音が聴こえやすくなったと言っていた」ということをさらりとおっしゃったんです。実家の父が難聴であったので、試しに聴いてもらったところ「確かに聴こえやすくなった」と。そこから方向転換して、難聴者の方でも聴こえやすいスピーカーの研究を進めることにしました。

最初はNPO法人を立ち上げ細々と研究していたのですが、ある時テレビで紹介されたところ、その後の反響がすごかった。「これほどまでにたくさんの方が困っている」ということを実感し研究開発に注力。2012年4月にユニバーサル・サウンドデザイン株式会社を父と共に設立し、2013年12月に「comuoon」を発表しました。

――「comuoon」の先進性はどんなところにあるのでしょうか?

そもそも存在自体がこれまでにない、世界的に見ても全く新しいプロダクトです。これまでは難聴者が補聴器や支援機器をつけるのが一般的でしたが、「音の受け取り手が聴こえを改善する」形ではなく、話す側で聴こえやすい音声を作り出す仕組みによってコミュニケーションを図るというアプローチ自体が新しいと、世界的にも評価されています。

――「comuoon」の開発の難しさ、ポイントはどういったところにありましたか?

技術面でいえば、スピーカーシステムの小型化には相当苦労しました。高級オーディオを見てもそうですが、いいスピーカーやオーディオというのはほとんどが大型です。音質と小型化というのは反比例しますので、高音質を保ったまま小型化するというのは、相当難しいのです。

デザインもこだわっています。最初に作った試作機は、機械らしさが出過ぎていて、「あまり利用したくない」と試聴に来られた難聴の方々に嫌がられたんです。現在の卵形のデザインは、置いてあると「これは何?」と興味を引き付けるものになっていますし、向けられても嫌な感じのしない、むしろ積極的に使いたくなるものをと意識してデザインしました。

――では、「聴こえ支援」という事業において難しいのはどんなことでしょうか?

やはり、「話者の声を聴こえやすい音にして届ける、難聴者でも聴こえやすいスピーカー」という概念自体がなかったので、そのことへの理解がまず必要でした。革新的な何かを始めて、それが受け入れられるまでにはどうしても時間がかかります。当初はわれわれの話に耳を傾けてくれない人も多かったですが、諦めずにやり続けていたら、少しずつ協力してあげようという人が出てきてくれました。モノを作るだけではなくて、土壌作りも続けて約5年、おかげさまで、今ではいろいろなところから「協力したい」とお声がかかるようになりました。

――難聴者側だけでなく、健聴者側の意識はどのように変わる必要があるでしょうか?

聴こえの障害に関する理解は全くといっていいほど進んでいません。たとえば目が悪くて眼鏡をかけている人は多いですが、その人たちを「難視者」とはいいませんよね。でも補聴器をつけている人のことは「難聴者」といいます。メガネやコンタクトレンズがないと日常生活がままならない人も大勢いるのに、です。

難聴という言葉は知っていても、それがどういう状態を指すのか、知らない人も多い。それを理解していただくために、われわれは今、全国の学校や行政機関、医療機関や福祉施設などいろいろなところへ行って、聴こえにくさの苦労と話者側が歩み寄ることの大切さを伝える活動をしています。

どんなに優れた機器があっても、結局それを使うか使わないかは、話す側の意識にかかっているんです。たとえば銀行の窓口担当の方が、ご年配のお客様とのコミュニケーションがうまくとれずに困っている場合、「なんとかしてあげたい」という思いをもって初めて、「使ってみよう」ということになります。「大声で話しておけばいいだろう」と思っている人は使ってくれませんから。そうした、難聴者にとっての当たり前を、「comuoon」をひとつのきっかけとして世の中に発信し続けなくてはいけないと感じています。「ハード」だけではなく「ハート」が伴わなければユニバーサルデザインは進まないと強く感じています。

難聴者の人生が変わるだけでなく、健聴者の人生も変わる

――これまで中石さんが立ち会われてきた現場で、印象的なエピソードを教えてください。

それはもうたくさんあります。私の出身地の熊本では、人工内耳をつけている小学生に出会いました。ご両親とともにフラダンスを習っている少年で、彼はみんなと同じ音楽を聴いてリズムに合わせて踊るということがなかなか難しかった。発表会当日は舞台の脇に当社のスピーカーを設置したのですが、周りとずれることなく、きちんとリズムをとって踊っているのを見て感動しました。学校でも、それまでは別室でひとり授業を受けていたのですが、「comuoon」を使うことでみんなと一緒に授業を受けられるように。また、言葉の違いを聞き取れるようになるので、諦めていた英語が得意教科に変わったという声もあります。

――まるで人生が変わったかのようですね。

大げさでも何でもなく、人生が変わるんです。人間は耳で聞いて発話を学びます。それまでにうまく聞き取れないと、発話がうまくできずに、言葉を声に出すことがおっくうになってしまう。でも、幼いころから正しく聞き取ることができていれば、発話もきれいになる。こうした違いは、当然その人の考え方や性格にも大きな影響を及ぼすでしょう。補聴器がなければ何も聴こえなかった人が、補聴器をつけずに「comuoon」を耳元に近づけることで「聴こえる」って言ったとき、その言葉を聞かれたご家族がびっくりして涙を流されることはたくさんあります。

「comuoon」は難聴者側だけでなく、伝えたいと思っている人たちにとっても勇気を与えるプロダクトだと思っています。これまでうまくコミュニケーションがとれなくて困っている、あるいは半ば諦めていた人でも、「comuoon」を活用することで対話を諦めなくてよくなります。

――「comuoon」の導入はどんなところに広がっていますか?

最近では厚生労働省で、来庁者向けのコミュニケーション支援機器のひとつとして採用されました。難聴者や高齢者向けに、受付や行政相談室などに設置されています。ほかにも全国の銀行や役所の窓口、学校などで導入が広がっています。高齢者に接する機会の多いお医者様のなかには「comuoon」を持っていることが自慢になっている方もいらっしゃるようですし、檀家にお経やお説法を届けるために「comuoon」を導入されたお寺の例もあります。

これからは、会社や組織で「comuoon」を持っていることが価値になるような、ひとつのブランドになれればいいなと思います。「comuoon」の開発に携わってくれている協力企業さんも、「社会に役立つ仕事ができた」という誇りを持ってくださっています。これからも「comuoon」に関わるすべての人が幸せでいられるようにしていきたいと思いますね。

話す側ができる聴こえ支援が、普通になる未来へ

――「comuoon」が世の中に広がっていくことで、世界はどんなふうに変わっていくのでしょうか?

「comuoon」がどれだけ人の手に渡っても、人の意識が変わらないとやはり意味はありません。難聴者と彼ら・彼女らを取り巻く現実を伝え、その問題を解決する手段があることを、これからも発信し続けなくてはならないと思っています。2014年6月には日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会で九州大学耳鼻咽喉科様が「comuoon」の有用性を発表されました。TEDxKids@Chiyoda や TEDxKumamotoshi などのイベントにも登壇させていただき、音の伝わる仕組みや聴こえの理解を深め、聴こえていることの素晴らしさを伝える活動などを続けています。

その一方で、新しいプロダクト開発にもチャレンジしています。現在は「comuoon」のモバイル対応を進めていますし、日本を代表するドラマーであるToshi Nagaiさんと共にイヤホンの開発もしています。実は、アメリカの学生などは、イヤホンやヘッドホンなどを装着し大音量で音楽を聞いているため、大学入学時点で約半数に難聴の傾向が出ているというデータがあります。ですが、音が明瞭であれば、音量を上げなくても音楽は聞き取れます。そこで「comuoon」で培った聴こえやすい音質特性などのノウハウを活用しイヤホンの共同開発を進めています。

Toshiさんも「最初体験したときはマジックのようだった。これは開発というよりは発明だ」と話してくれました。周りの雑音などがあっても、音が明瞭な分、小さな音量でもしっかり聞こえるのです。また、このイヤホン試作品を難聴の高校生に貸し出したところ、補聴器なしでも音楽を楽しめると大変喜んでもらえました。

――中石さんが思い描く“聴こえの未来”とはどんなものですか?

一人でも多くの難聴者とその家族、周りの人の笑顔が増えるような事業を継続していきたいですね。難聴になると、人に迷惑をかけているんじゃないか、ばかにされているんじゃないかと疑心暗鬼になり、だんだん外へ出かけなくなったりすることもあるようです。でも出かけた先に「comuoon」があればチャレンジできます。聴こえると、人は明るくなれるんです。高齢化が進めば、加齢により聴こえづらくなる人が増えることで、難聴者は確実に増えていくでしょう。若者でも、イヤホンで大音量の音を聞き続けることによる難聴のことを考えれば、決して無関係ではありません。難聴者とのコミュニケーションを円滑にすることは日本全体、そして世界にとっても急務なのです。

われわれが事業を始めて4年、すでに社会は変わりつつありますが、ここからさらに聴こえのバリアフリーを目指し、話す側の聴こえ支援が、誰にとっても自然なことになるといいなと思っています。

<プロフィール>
ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社
http://u-s-d.co.jp/
代表取締役 中石真一路
慶應義塾大学SFC研究所 所員
広島大学 宇宙再生医療センター 研究員

熊本YMCA専門学校建築科卒業後、技術営業施工管理に従事。その後デジタルハリウッドに入学。卒業後は12年間にわたり、Webディレクターおよびプロジェクトマネージャーとして活躍。携わったWebサイトは、200を超える。前職のEMIミュージック・ジャパンおよびNPO法人日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会にて約3年にわたる研究の末、「スピーカーシステムによる聴覚障害者の情報アクセシビリティ」という新しい分野を確立する。2012年4月、実父と共にユニバーサル・サウンドデザイン株式会社を設立。聴こえ支援のプロダクト開発と共に、NPO法人日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会として難聴者に聴き取りやすい音環境を提供するための活動にも参加している。

LATEST POST