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ビジネスモデルの未来

視聴率から「視聴質」へ!テレビ市場はデータでよみがえる

TVISION INSIGHTS株式会社

センサーから個々人の視聴態勢をデータ化する

1950年代後半、白黒テレビは一般家庭の憧れであったといわれる。それから半世紀以上がたち、日常のメディアとなったテレビは「もっと進化でき、進化を求められている」と言い切るのが、2015年に創業したTVISION INSIGHTS株式会社の郡谷康士代表取締役だ。

同社はテレビに取り付けたセンサーから、視聴者の顔や人体のデータをリアルタイムでトラッキングするアルゴリズム開発を手がけている。顔を例にとれば、鼻の頭や目元などの「特徴点」を細かく結び、各個人の顔をマスクと見立て、そのマスクの形や動きを判定することで、視聴者がテレビを実際に見ているのか、よそ見をしているのか、あるいは笑顔になっているのかといった視聴態勢をデータ化する。テレビでよく用いられる指標である「視聴率」ではなく、個々人の「視聴質」を調査していることになる。

そもそも、現在の日本で用いられる視聴率の調査では、複数の方法があるものの、いずれもテレビ電源のオン/オフを1分単位で測定した世帯ごとの視聴率を主に発表している。つまり、4人家族で1台のテレビを見ていると仮定するなら、「誰が、どれくらい注目しているのか」といった細かい実態までは測れていない。TVISION INSIGHTSの技術はこの領域を解き明かしていくのだ。

郡谷氏は「テレビ業界の中にいると、ネットに比べて、測定データが圧倒的に少ないことへの焦りをよく耳にします。しかし、私たちのアルゴリズムを用いることで、調査に承諾をいただいたご家庭に限り、顔認識技術で、いままで分からなかった実際の見られ方や表情までも照合が可能になります」と話す。

視聴質データを見ることで、想定する視聴者に合わせた番組作りのフィードバックだけでなく、CMが狙った視聴者の興味を喚起できているか、あるいは競合他社と比べたデータの差異から広告の効果検証に役立てることもできるという。

先端×安価なテクノロジーを追い風に、日米で開発・展開

郡谷氏は幼少期を中国で暮らしたバックグラウンドを持つ。大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーや、リクルート中国事業の戦略に携わった後、まずは成長著しい上海で起業し、デジタルエージェンシーとして活動を始めた。大手広告主とさまざまなプロジェクトを進めるなかで、郡谷氏はネット広告上の効果検証が日次単位で行われているのに対し、テレビ広告は視聴率をベースにした概括的な仮説に基づいていることに大きなギャップを感じ、現在のビジネスアイデアを得た。

そのアイデアは、創業メンバーであり、チーフ・サイエンティストのRaymond Fu氏に出会うことで実現する。Fu氏はアメリカのノースイースタン大学准教授を務め、ビッグデータ、マシンラーニング、コンピュータービジョンの分野を研究してきた人物だ。郡谷氏のアイデアとFu氏の技術が融合したのに加え、マイクロソフトが一般家庭用に発売したデバイス「Kinect」といった安価なセンサーが登場したことも事業の追い風となった。

TVISION INSIGHTSは日本とボストンのそれぞれに開発拠点を置き、事業も日米で展開している。それぞれで展開する理由は、視聴者ニーズや市場が異なることが大きい。日本では複数の地上波放送局が主体となる一方、アメリカではケーブルテレビが盛んなことから、一般視聴者が見られるチャンネルも数百に及ぶ。チャンネル数が膨大なため、日本のように番組をザッピングして見る習慣よりも、政治観や趣向から視聴局がより固定化される傾向にある。そのため、「番組」を主眼に置く日本と、「放送局」に置くアメリカとでは、データの活用方法も異なる。

現在、TVISION INSIGHTSでは日米に展開し、パートタイムを含め約45名の従業員が働くが、従業員の国籍が10カ国にわたる、「グローバル・カンパニー」でもある。それだけ、TVISION INSIGHTSが立ち向かう課題がグローバルレベルに存在していることの証でもあり、それだけ事業拡大への期待感も高い。日本では2015年のMicrosoft Innovation Awardで最優秀賞を得たほか、The New York Times、Forbesといった英字媒体への露出、2016年10月には総額680万米ドルの第三者割当増資を実施し、創業時からの累積調達額が930万米ドル以上となったことにもその期待感が表れている。

本物の「ゴールデンタイム」を可視化する

郡谷氏は事業について「日本では2兆円あるテレビ市場に大きなインパクトを与えるだけでなく、市場としての進化を促せる」と展望を語る。これまでの放送枠の価値が、より高い精度で可視化され、既存に比べて数段深く掘り下げたTVISION INSIGHTSのデータを活用することで適正な選択がしやすくなるからだ。

たとえば、深夜帯の番組で視聴率こそゴールデンタイムにかなわないが、視聴者層が若年層かつ専念度が高い番組があるとわかれば、彼らをターゲットとする食品メーカーやゲーム会社にとっては価値の高い放送枠として映る。いわば、それぞれの番組が年代や性別ごとの視聴者をターゲットとした小さなメディア群となって機能し、広告効果もより期待できるようになる。

「日本では、テレビ広告は未だにインターネット広告の倍近い市場規模を誇ります。インターネット広告の急速な発展は、そこに蓄積されたデータなしにはなしえなかった。その成長は、テレビの大きな世界でも可能なはずです。テレビもスマートテレビをはじめ、インターネット・デバイスとしての条件を備えてきています。より多くのテクノロジー、データで進化させるかっこうの土壌ができあがってきています」と郡谷氏は話す。

テレビをインターネット・デバイスと考えることで、最近ではNetflixやHuluといったインターネット発のVODサービスをテレビで楽しむ視聴者も増えてきたが、PCとテレビでサービス内容は同じでも視聴態勢に大きな違いが生じることだ。

PCやスマートフォンで見る場合、基本的には「1人につき1アカウント」で利用する個人視聴が主となる。しかし、テレビの場合は「代表者のアカウント」での複数人視聴があり得る。たとえば、父親のアカウントでログインし、子供向けアニメ、スポーツ、バラエティー、釣り、と家族の興味に合わせて視聴していくと、個人利用に特化したレコメンデーションエンジンがうまく働きにくい。

ただ、この複数人視聴こそ、郡谷氏は「テレビの価値」だと言う。「アメリカでは『コ・ビューイング』、つまり共視聴という言葉が流行しています。インターネット vs テレビで捉えたときに、他のデバイスではできない、複数人が同時に視聴できることこそが、テレビのユニークな強みで、価値ではないか。その強みを生かして、私たちのデータも使っていただきながら、共視聴にめがけた番組づくりをしていこうという制作者側の意欲も生まれています」

テレビ市場の最適化、あるいは市場活性化は、業界全体の進化につながっていくとTVISION INSIGHTSは信じている。「最近のテレビ視聴率の低下傾向に対して、メディアとしての価値が失われていくのではないかという業界の危機感は極めて高い。テクノロジーやデータを活用し、テレビの価値の掘り起こしを今こそやっていかなければ、進化の前提も失われていってしまう」と郡谷氏は警鐘を鳴らす。

日本で白黒テレビが高嶺の花であったころ、人々は街頭に設置された小さなモニターに足を止め、肩を寄せ合って番組に熱中した。その光景は現在でも、スポーツ国際大会でのパブリックビューイングなどにつながっている。テレビは常に大衆を受け止める存在として、私たちのそばにあったはずだ。いま、TVISION INSIGHTSは一般家庭のテレビ視聴をデータで可視化し、あらためてその価値を問い直し続ける。

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