探そう、まだ見ぬ未来を。

ビジネスモデルの未来

「漏らした経験」が生んだ、世界の介護シーンを変えうるデバイス

トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社

「私、うんこ漏らしたこと、あるんです。」

トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社のWebサイトには、ある意味衝撃的ともいえる、上記の一文が載せられている。CEOを務める中西敦士氏の、バークレー留学時の苦々しい実体験がこの会社の原点になっている。

「排泄(はいせつ)で思い悩む人たちの負担を軽減することができれば」という思いから着想を得た『DFree』というデバイスは現在、日本のみならず、世界中から注目を集める存在となっている。

「DFree」は超音波を用いて膀胱の大きさや腸内の様子を計測する、ウエアラブルデバイスの一種だ。人が尿意や便意を感じ、トイレに行く必要になるまでの時間を予測し、事前にアラートを出してくれるため、慌ててトイレを探すなどの必要がなくなる。失禁の恐れを軽減することで、高齢者や身体障害者の外出を促すことや、リハビリテーションの活用などにも期待されているデバイスだ。

近年、さまざまな形で誕生しているウエアラブルの一種であり、まさに「ありそうでなかった」デバイスだが、世界初ならではの悩みが大きかったと中西氏は述懐する。「自分たちが欲しいデータがどこにも存在していなかった」のだという。

「現在、全世界で排泄について悩みを抱えていらっしゃる方は5億人ともいわれています。高齢者の方を中心に、車椅子で日々生活している方、健康状態が安定しないお子さまなど、さまざまです。これまで、24時間常に人間の排泄状況を計測するようなデータは一切なく、そのデータ収集と分析から始まりました」

時にはのべ2カ月間、介護施設で泊まり込みでの計測も経験したという中西氏。そのときを振り返って「あれは過酷でしたよ」と笑う。単に体調や日々の排泄状況をインタビューして終わりではない。24時間付きっきりで膀胱(ぼうこう)の変化を収集し続けるのは前例のないチャレンジだった。しかし、この地道な期間を通じて確かなデータを収集することができ、プロダクト化する道筋も見えたという。

「DFree」の普及が介護現場に光をもたらす

「全世界で介護市場は65兆円にものぼり、そのうち、6、7割を人件費が占めているだろう」と、中西氏は見ている。人工知能やロボットの関連技術が実用化されるまでになれば、この負担も大幅に削減できるだろうが、その普及・拡大にはまだ多くの時間を要する。その点、「DFree」は実証実験も完了しており、間もなく市場展開が可能できる先行性も強みだ。「ざっと人件費の3割ほどは、この『DFree』の導入で改善できるのは、と試算しています」

排泄に関しては介護業界では深刻な負担増を引き起こしている。要介護者からすると筋力低下などにより体内に違和感が残り続けることで、何度も介護士を頼ってしまう。ただ、トイレに向かっても排泄できるかどうかは不確定であり、介護士の負担になるだけでなく、要介護者の自信喪失にもつながるという悪循環に陥ってしまう。これは、人間の尊厳を取り戻すという意義を秘めたデバイスなのだ。

「寝たきりの方が起き上がることを諦めて、完全に起き上がれなくなってしまうことと近い現象が、介護やリハビリの現場では頻繁に起きています。排泄のタイミングが分からず、自己排泄を諦めてしまい、ベッドを離れることをやめてしまう。ですが、自分自身では判断しづらい排泄のタイミングも『DFree』が適切にアラートを出してくれるようになれば、長時間の外出に対する抵抗も少なくなるでしょう」

また、中西氏が意図していなかったうれしい成果も出つつあるという。川崎市にある老人ホームのトライアルでは、「介護職員による夜間巡回などで要介護者が目覚めてしまうと、睡眠不足に陥ってしまい、認知症などの諸症状が悪化しやすくなってしまうのですが、導入した介護施設ではそうした面でも一定の改善効果が見られました」とのことだ。

「DFree」の用途は介護施設だけにとどまらない。夜尿症に悩む幼児や児童にも展開可能だ。日本だけで見ても、夜尿症に相当する子どもは数十万人だといわれている。そのためにもプロダクトの小型化や改善を急ピッチで進めている。

排泄予知の、より先へ。2017年は勝負の1年に

既に各種メディアにも数多く取り上げられている他、海外からのオーダーも舞い込んできている。中西氏もインタビュー時に「つい先ほどまで、インドからの問い合わせに対応していました」という。社会課題の先進国といわれる日本においても介護市場の労働環境などが一部問題視されるなどしているが、海外諸国も同じだ。

「一度、ドイツの大人用おむつ工場を視察したことがありますが、とにかく物すごい量のおむつが生産され、出荷されているんです。単純計算すると、世界で1秒間に300人の大人が何らかの形で漏らしてしまっていることになる。そこに改善の糸口を見いだすという意味では、これ以上意義ある仕事は他にないのではないかと思っています」

2016年7月に資金調達を行い、過去調達分と合わせて5億円を調達している同社。2017年はいよいよ市場に本格的に打って出る1年となる。しかし、取材時(2017年1月時点)にはフルタイムの社員はわずか8名という少数精鋭ぶり。メカトロニクスの権威を筆頭に、ほぼ全員がエンジニアで構成されているという。目の前に広がる大きなブルーオーシャンと事業の成長性に期待感が膨らむが、中西氏の姿勢は慎重だ。

「この領域の問題は、私たちのような事業会社だけで解決しうるものではありません。たとえば、国の支援であるとか、介護機器に認定されるだとかが必要と考えます。ただし、今、この領域に飛び込んでおくことは重要なことだと感じて、実際に世界を自分たちの手で変えていけると実感しています。また、これ以上ないチャンスに恵まれていると思っています。というのも、実際に課題があり、ニーズがあり、ビジネスとして解決しうるプロダクトもある。2020年までにはまず『DFree』を全世界1,000万人が使うプロダクトに育てていきたいですね」

「DFree」は排泄検知だけにとどまらず、その機能をさらに拡張させていく予定だ。先に述べた認知症の進行を抑制した効果なども見越して、より多機能化させたい、と中西氏も意気込む。

「『DFree』は高齢者に限らず、便秘に悩む女性などにも親和性は高いプロダクトだと考えていますし、臓器の調子や筋肉量の変化、あるいは皮下脂肪の増減をチェックすることにも転用できると考えれば、活用できる領域は一気に広がる可能性があります」

現在の形をさらに改良し、24時間、肌身離さず身につけておいて違和感のないウエアラブルに仕上げることができれば、世界でも特異なデータを収集・分析できる強みが生まれるだろう。常時身につけることでデータを取得、分析するデバイスは数多くあるが、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)向上に寄与するという独自性で注目を集める「DFree」。その将来がどうなるのか、非常に楽しみだ。

LATEST POST