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ビジネスモデルの未来

5枚のプレゼン資料でソフトバンクに出資を決めさせた「位置情報」を価値に変えるスタートアップ

Cinarra Systems Japan株式会社

「ユーザーが今、どこにいるのか?」

この位置情報を喉から手が出るほど欲しがっている企業やサービスは、膨大な数にのぼる。例えば、今この瞬間、都内にいることが分かるユーザーに向けて、北海道で3時間後に開催されるイベント情報を届けたとしても大きな成果が見込めないことは明らかだ。

広告会社からすると、自分たちのターゲットに即したユーザーだけに絞り込み、広告を配信したいと考えている。その判断材料として、位置情報は非常に大きなウエートを占めるものの1つだ。しかし、現時点でそうした位置情報を取得できているのは、GPS機能を備えたスマートフォンやタブレットなどを提供する、いわゆるモバイル通信事業者など一部の企業に限られており、かつ個人情報保護の観点などから取り扱いが難しい、アンタッチャブルな存在だとみなされている。

Cinarra Systems Japan株式会社(以下シナラ)は、そうした状況に風穴を開けうる存在だとして、業界内で大きな注目を集めている。「位置情報をきちんと活用したサービスは、まだ世の中に多くありません。シナラはモバイル通信事業者が持つAlways on、つまり常時接続状態にあるデータ資産と広告配信のエコシステムを融合することで、新しいビジネスプラットフォームを創造しようとしているのです」。そう語るのは同社でセールスディレクターを務める松塚展国氏だ。

Webとリアルを接続する「位置情報」のスペシャリスト

シナラは通信キャリアなどが持つ位置情報を、個人を特定することなく取得できる特許技術「Real-Time Recommendation」を保有する世界初の企業だ。これまではモバイル通信事業者が持つ位置情報を外部企業が活用したいと考えても、個人情報保護法の壁が立ちはだかっていた。「あなたが今、どこにいるのか外部提供していいか」という許諾を、毎回ユーザーにとる必要がある。これはユーザーにとって非常にストレスが掛かることであり、許諾を得られるケースも少なくなることで、データとしての価値そのものが低減してしまう。

シナラはこれを独創的なアイデアと卓越した技術力でクリアしたスタートアップだ。アレックス・ジニンCEOをはじめ、コアメンバーの多くは海外出身者だが、ソフトバンク株式会社からの出資を受けたことなどもあり、日本で初めてサービスを導入、本格化させている。

「位置情報の活用が進めば進むほど、私たちの生活はより便利に、豊かになります。例えば、ECビジネスが加速度的に急成長を続けるなかでも、EC運営者は『なぜこのユーザーが、この商品を検索するようになったのか』という背景はWeb上で推察するしかありませんでした。しかし、位置情報というリアルの一端を把握できれば、その商品を購入したいと考えるプロセスをひも解くことができるかもしれないのです」

「このユーザーが何を求めているのか」「何をきっかけに興味を抱くようになったのか」という考え方の変化、そしてライフスタイルを事業者が把握できるようになれば、ミスマッチな広告配信も抑制でき、より重要な情報だけ届けられるようになると松塚氏は考えている。

「アプリやWebサイトを利用しているなかで目にする広告の多くは、ユーザーからすると迷惑な存在であることがほとんどで、売り上げが向上するどころか、ブランドイメージを損なうことにもなりかねない。本来の広告は重要な情報を届ける存在であるべきで、適切な情報を届けるために位置情報はもっと活用されてしかるべきだと、私たちは考えているのです」

あなたがネットでずっと探していた商品が、この先にある店舗で、ネットよりも安価で手に入ります……そうした情報がスマートフォンから届けられる世界になれば、広告に対する不快感は大きく減るだろう。

事実、チラシの代替となる店舗誘導型の広告は非常にコストパフォーマンスが高いという。ただ偶然目にしたものではなく、自ら興味を持って広告を見てくれれば、それだけ具体的なアクションにつなげられる確率は格段に向上する。逆に、既に特定のトレーニングジムに定期的に通い始めたユーザーは、別のジムの情報をそこまで必要とせず、成果にはつなげにくい。

最後に背中を押す、ラストワンマイルを埋めるための情報を発信することが、位置情報の活用によって実現できるはずだ、と松塚氏は自信をのぞかせる。

個人に関する情報が、次世代のライフスタイルを築く土台に

位置情報だけに限らず、現在はさまざまなデバイスにより、私たちの生活にひもづくあらゆる情報がデジタライズされ、日々のライフスタイルに溶け込み始めている。Amazon EchoやGoogle Homeといったスマートスピーカーはユーザーの入退室の情報や消灯時間、音楽の趣味といった個人のライフスタイルに関する情報を取得し、より快適な生活を送れるように学習し続けている。

「位置情報を含め、個人情報は非常に繊細なものであり、生活を便利にしてくれる分、漏えいした場合のリスク、ダメージは甚大なものになります。だからこそセキュリティーは非常に重要ですし、個人情報の活用はセキュリティーの進化と比例して成長、拡大していくと考えています」

そう語るのは、シナラでセールスを担当する浜藤真奈美氏だ。位置情報を適切に、セキュアに扱えるシナラのビジネスモデルは、現在こそ広告領域に集中しているが、より多岐にわたる可能性を秘めている、と大きな期待を寄せている。

「一人一人がセンサーを持つのか、あるいはあらゆる機器や施設がセンサーを持つようになるのか。実際は後者のほうがよりリアリティーがあるでしょう。現に、私たちも全国にあるモバイル通信事業者のWi-Fiスポットからの位置情報を活用し、サービスを提供しています。Google Glassのように、特徴的なデバイスが生まれて、私たちのライフスタイルが一変する可能性もあります」

装着者の嗜好(しこう)と現在地をもとに、ユニークな情報やアドバイスを伝えるという世界観は、Google Glassが目指したものだが世間に広く浸透することなく、一度は、頓挫してしまった。しかし、また異なる形で私たちのもとに届けられる日は近いはずだと、浜藤氏は言う。位置情報は単体でも大きな価値を持つものだが、さまざまな情報と組み合わさることで、よりその価値を高める可能性を秘めているからだ。AmazonがECビジネスからリアル店舗に進出してきたように、多くのWeb系企業がリアルの情報を取得するために挑戦し始めることは想像に難くない。

松塚氏も「僕なりの未来予想図ですが、身体にチップを埋め込み、体調や空腹度、加速度センサーなどを組み合わせた位置情報が収集できるようになれば、できることもぐっと広がるでしょう」と言う。既に海外のIT企業では、従業員が手首にマイクロチップを埋め込み、オフィスへの入退室管理が自動でできるようになっている実例も存在する。

「一人一人がセンサーを持ち、街中に膨大な数のセンサーが設置されれば、私たちの生活は激変するはずです。混雑している道路を避けて通勤し、出退勤管理も自動で行ってくれる。遠隔地からのクレジットカードの不正利用やハッキングなども即座に判明するでしょう。医療や介護の現場でも利用価値は多くあります。位置情報を生かしたアイデアは尽きない。だからこそ、『位置情報を使うと、こんなに便利になるのか』というポジティブな驚きを抱き続けてもらえるようにすることが、私たちの使命です」

多くの巨額買収や大規模出資を行っているソフトバンクがリードして、プロトタイプもない5枚のプレゼン資料だけで既存株主とともに2,000万ドルの出資を決めたのが2015年7月。グローバルな広告配信プラットフォームを築き、モバイルインターネットエコノミーの成長を加速させていくという同社の思いは、着実に実を結びつつあり、次世代型広告モデルを形作り始めている。

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