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受託会社が売り上げをゼロにしてスタートアップへ転身した理由――「ググらせない®」未来を創るオヤジたちの挑戦

株式会社アクアビットスパイラルズ

実績の少ないスタートアップの事業というのは一般的に広く認知され難く、どちらかといえば理解されにくい。もちろん実績が積み上がれば理解は広まるのだが、時にスタートアップはそれを待たず、世界中で開催されているピッチコンテストなどで入賞し、認知され、注目を集めることで短期間に駆け上がろうとする。

こうしたアプローチを初期からグローバル視点で進める日本のスタートアップはまだまだ少ないが、東京都港区にオフィスを構える株式会社アクアビットスパイラルズは、まさにその一歩を踏み出した企業と言ってもいいだろう。

スタートアップ支援プログラムであるOrange Fab Asia 2015 Springシーズンへの参加チームに選出されたことを皮切りに、東急アクセラレートプログラムで準グランプリ受賞、IVS Launch Pad 2016 Springで3位に入賞。その後、Mobile World Congress 2017の併設イベント4YFN Awards IoT部門ではTop8 Finalistに選出され、日本ピザハット株式会社とのプロモーション施策「ハイパー家ナカ看板®」では第3回リテールプロモーションアワードを受賞、さらに今年の9月に開催されたFujitsu Cross Industry API Contestでは最優秀賞受賞を果たした。2015年以降、国内外で同社は常に注目を集めてきた。そして2017年現在では、国内イベントでも賞賛を浴び大手企業との実証実験も数多く行われている。

しかし、同社の始まりは「よくある受託開発会社でしかなかった」と、萩原智啓代表取締役CEOは述懐する。そこからなぜ、同社はここまで評価されるサービスを生み出すことができたのか。2009年の設立から雌伏の時代を経て、国内外で注目を集めるスタートアップへと変身を遂げた同社の歴史を萩原氏と矢山丈児取締役CTOから聞いた。

「ググらせない®」コンセプトが生み出す次世代型のサービス

同社がリリースしているサービスは、SuicaやPASMOといった交通系ICカードなどでも活用されているNFC(近距離無線通信)チップを内蔵したプロダクトだ。「スマートプレート」と称されるこのプロダクトは、「モノとネットがつながるリアルブックマーク」として、冷蔵庫に貼るマグネットやステッカー、店頭POPといった、あらゆるモノとネットをつなぎ合わせることを可能としている。

このスマートプレートの使い方は極めてシンプル。スマートフォンをかざすだけで、検索する必要もなく、目当てのリンクに遷移する(ページを開く)という特徴がある。萩原氏は「わが家の2歳の子どもでも簡単に使えます」と、自宅で子どもがスマートプレートを実際に利用している動画を見せてくれた。自宅に設置されたスマートプレートは、スマートフォンをかざすたびに異なる子ども向けアニメが一定時間表示される仕組みになっており、「子どもの習慣になっています」と笑う。

子どもであっても、スマートフォンに不慣れであっても、簡単に直感的に利用できるスマートプレート。近いコンセプトとして二次元バーコードなどが挙げられるが、事前インストールやアプリの起動、画面内にコードを収めるという行動すら必要としないという点では、よりシンプルだと言える。BtoB、BtoCを問わず、ユーザー体験の質を上げることが重要だと説かれる昨今において、スマートプレートは多くの可能性を秘めているプロダクトだ。

同社はスマートプレートを「Hyperlink of Things®(モノのハイパーリンク)」「ググらせない®」などキャッチーな言葉で彩り、2017年11月には第三者割当増資を実施。資本金を2億円近くにまで増資するなど、国内外での普及に向けて順調な歩みを進めている。だが冒頭にも記した通り、同社の始まりは「受託開発会社」だった。そこから世の中にないプロダクトを発信するスタートアップの1社に変貌を遂げるまでには、「受託開発の売り上げをゼロにする」という大きな決断があった。

温めていたアイデアを実現するため、既存事業の売り上げをゼロに

萩原氏が、現在CTOを務める矢山氏と出会ったのは、受託開発を軸にしていた時代だったという。当時フリーランスだった矢山氏は、企業とエンジニアをつなぐマッチングサービスを通じて萩原氏と知り合う。

「当時、組織に所属することに前向きではなかった」と語る矢山氏だったが、彼の心を解かしたのは、萩原氏のビジョンと人柄だった。萩原氏に請われる形で入社を決めた矢山氏らの力を借り、同社はスマートフォン市場に狙いを定めた開発案件に取り組んでいった。

「僕は昔からのAppleファンだけど、iPhoneだけは使わないと思っていたんです。ところが、ふたを開けてみるとその使い勝手の良さに率直に驚きました。それと同時に、スマートフォンの時代がこれからやってくると確信したんです」と萩原氏は語る。

2008年に日本国内初のiPhoneが登場し、その2年後にXperiaがAndroidを採用し販売された。いち早くスマートフォン市場に目を向けていた萩原氏らは技術ノウハウを蓄積し、順調に売り上げも伸ばしていった。しかしあるとき、ふと疑問が頭をよぎったという。

「確かにスマートフォンは素晴らしいデバイスです。しかし開発する側からすると、画面を設計しサーバーを構築するという業務そのものには大きな変化がなく、成長が頭打ちになると考え、思い切って方針を転換することにしたんです」

原点に立ち返ろうとしたとき、頭に浮かんだのは社名の由来だった。もともと、「アクアビットスパイラルズ」という社名は「水」というフィジカルな世界の根源と「ビット」というデジタルの最小単位をつないで価値を創造する、という思いを込めて付けられたという。真の意味でフィジカルとデジタルを融合させるためには何が必要か。その答えを求めて、海外の展示会やカンファレンスに積極的に参加。そこで技術トレンドや他社の製品情報を調べ上げるなかで、NFCの可能性に気づき、受託開発の割合を減らしてエンジニアのリソースを萩原氏が掲げるビジョンの実現に向けて注ぎはじめた。

だが、大きな決断はひずみも生む。受託開発を好み同社に入社したメンバーは自然と離れていってしまったという。ただ、萩原氏も矢山氏も悲観的には考えなかった。そもそも人がやりたくないことをし続けるのは無理がある。入社の理由と業務内容に乖離(かいり)が生まれてしまっては、引き止めることもお互いのためにならないという考えだ。

2013年頃から受託開発の仕事量を減らし、2016年には受託開発を完全にストップ、スマートプレート一本に絞った。この間、萩原氏はまず個人保証の借り入れで資金を集めたという。昨今、ベンチャーキャピタルや大手企業からの資金調達のニュースが多く報道されているが、同社はまず多額のお金を借り入れて勝負に挑んだのだ。

ピッチコンテストでの受賞経験がチームを変えた

まさに背水の陣で臨んだスマートプレート開発。Orange Fab Asia 2015 Springシーズンへの参加チームに選出されたことで、風向きが変わってきたと萩原氏は言う。

「スマートプレートはもともと国内限定ではなく、世界にフォーカスを当てた製品だったので、Orangeというグローバル企業にまず評価されたことは素直にうれしかったです。一方で、他に類を見ない独自性の強いサービスだったこともあり、日本では当初、なかなか受け入れられませんでした」

萩原氏の言葉に続けて「ただ、この最初の支援事業選出で社外からの目が変わっただけでなく、社内の風土という点でも一気に潮目が変わったことを覚えています」と矢山氏は話す。

「当時は、萩原が言ったこと、考え出したアイデアをエンジニアチームが具現化するのが普通の流れでしたが、Orange Fab以降はチームの雰囲気も変わりましたね。マシンラーニングやディープラーニングなどエンジニア発のアイデアがプロダクトに盛り込まれるようになり、あらためてグループで働く強さ、面白さを自分自身が強く感じられるようになってきました」

設立時から存在しなかったミッションステートメントを作ろうという機運が高まったのもこの時期だったという。ちょうどこのころCTOに就任した矢山氏は、まさにこれから発展するための土壌を整える必要があると判断したという。

「この会社は他のスタートアップとは違い、受託開発を手がけていた時期を創業期とするなら、スマートプレートに本腰を入れたタイミングからが第二次創業期という感じ。受託開発時代から机を並べていた矢山は、共同創業者だと思っています。厳密には創業期からは参画していませんが、言葉の定義なんてささやかなものですから」

そうして同社には「かざしてつながる文化を創る」というミッションと、「スマートプレートのファンであれ」という一つの行動指針が誕生した。

「自社のプロダクトのファンであれば、自ら前向きに貢献したいと思うはず。自己実現なんて本人が決めることで、会社から押し付けることでもありません。チームがこの言葉を軸にしていれば、ぶれることはないはず。今後も社内外のファンや投資家とも一緒に、このプロダクトをどれだけ愛していけるかを追求していきたい」と語る萩原氏の表情は真剣そのものだ。

「スマートプレートは利用できる用途が膨大。だからこそ、今はそのなかから最適なものを選ぼうとしている段階です」と萩原氏は言う。現在は小売業などとタイアップしたクーポン・マーケティング施策などが中心となっているものの、想定できる用途はとにかく膨大だ。スーパーの店頭に設置すれば値札から生産者の顔が見えるようになり、ぬいぐるみに内蔵すれば、スマートフォンからぬいぐるみのエピソードが閲覧できるようになる。インバウンド向けに言語別の地図情報を表示させたり、スタンプラリー方式のアクティビティーを企画してみたりと、その可能性には限りがない。

「当社が掲げる『ググらせない®』という言葉の裏側には、直接取り出すアクションを広めたい・文化にしたいという意味を込めています。モノのハイパーリンクによって世界がもっとつながっていく。僕としては同時並行的に、世界中で一気に広げていきたい。そして、普遍的な価値を出したいですね」

萩原氏、矢山氏共に、40代後半。若手起業家の台頭が目立っているが、酸いも甘いも経験したビンテージワインのような2人と仲間たちが提案する「ググらせない®」時代の到来を楽しみにしたい。

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