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ビジネスモデルの未来

“味博士”が仕掛ける味覚市場の大革命

AISSY株式会社 鈴木隆一

人間はどの生物よりも「食」に対して貪欲だ。地域や時代を問わず「おいしい」と感じるものを追求し、さまざまな試行錯誤を繰り返してきた歴史を持っている。一方、「辛い」と一言でいっても、その感じ方は人それぞれ。激辛料理を汗一つかかず平らげてしまう人もいれば、「カレーは甘口以外食べられない」という人もいる。これらはいずれも主観的な評価だが、ここに客観的な基準となる「味の数値化」を実現した人物がいる。「味博士」という愛称でも知られるAISSY株式会社の代表取締役社長、鈴木隆一氏だ。研究者として味覚を追求するという独自の道を歩む味博士に、会社設立の背景や「味」を扱ったビジネス、そして「味覚の未来」について話を伺った。

ラーメン屋での経営経験が「味の数値化」のきっかけに

――AISSY株式会社の設立は2008年。どのようなビジョンのもと、会社を立ち上げられたのですか?

まず「AISSY」という社名には2つの意味を込めています。ひとつはArtificially Intelligent Sensing Systemsの頭文字をそれぞれ取ったもの。いわゆる「AI」ですね。もうひとつは世の中を「見える化」していくという「I See」をかけて、ダブルミーニングになっています。

人工知能とセンサーをつなげ、スマートな未来を創造していきたいと考えました。人間の知能や五感に興味があるので、設立当初は味覚に限らず幅広く手掛けていこうと思っていたんですよ。

――それなのに、なぜ「味覚」に特化されたのですか?

大きな契機があった訳ではないのですが、学生時代にラーメン屋の経営に携わった経験も影響しているのでしょうね。当時、大学の近くにお世辞にもおいしいとは言えないラーメン屋があって、大将に「経営を任せてくれ」と頼んだんです。

そこで考えたのが味を濃くするということ。調理工程にバラつきがあり安定しないため、コッテリした味に振り切ってごまかすしかありませんでした(笑)。さらに大振りな角煮をのせて一杯550円の設定でしたから、利益は多くありませんでしたが、売り上げはかなり上がりましたよ。

もともと技術をベースとしたビジネスを志して、慶應義塾大学理工学部に進学。ラーメン屋で試行錯誤を繰り返しながら将来進むべき道を思考し、「数値化しづらいものを数値化する」ことに興味を抱いたんです。

――その「数値化しづらいもの」が「味覚」であったわけですね。料理の質を上げる経験からその視点に行き着くというのは、研究者ならではの発想ですね。

そうですね。ラーメン屋をやっていたころは感覚頼りでしたが、味で苦労していた分「数値化できたらな」という思いがどこかにあって、「味覚センサー」の開発に結びついたのかもしれません。おいしさの変化が測れれば非常に有益だろう、と。そこで味の技術を用いたビジネスを展開する運びとなりました。

人間の味覚を模倣した味覚センサー「レオ」

――開発された味覚センサー「レオ」について教えてください。

端的にいうと、味覚を成り立たせる「甘味」「旨味」「塩味」「苦味」「酸味」の5つの基本味を分析し、それぞれの味を1〜5で数値化するマシンです。特徴的なのは、人間が味を感じる仕組みそのものを模倣している点ですね。

人間は舌のうえにある味蕾(みらい)という器官を通じて、食べ物の味を脳で認識しています。その味蕾の代わりとなるセンサーに独自のニューラルネットワークを搭載したことで、味の相互作用も加味したデータ解析が可能となりました。

基本五味を単に出力するのではなく、コーヒーに砂糖を加えると苦味が軽減されたように感じる「味の抑制効果」や、スイカに塩をかけると甘味をより際立って感じる「味の対比効果」までもが測れるということですね。

――まさに人間の味覚そのものなのですね!

センサーは生き物みたいなものなんです。だからこそ名称も「レオ」にしました。通常、機械にはアルファベットと数字による型番をつけます。でも、われわれとしてはそうはしたくなくて、社員が飼っている猫の名前を拝借し「レオ」に決めました(笑)。

人間には主観と客観という対立軸があります。おいしさとは主観的なもので、それを客観的な数値に落とし込むところにビジネスチャンスがある。同じ食べ物でも「絶品ですよ」と事前情報を与えた方が、おいしいと感じる人の割合が約30%も上昇するという研究結果が出ています。そういった主観的な評価でなく、客観的な事実を導き出せるところが「レオ」の強みです。

「レオ」では味の経時変化、味の立ち上がりや後味の有無、コクやまろやかさ、食品同士の相性度も算出できますから、おいしさをより実感してもらいやすい。人間なら誰だっておいしいものを食べたいはず。おいしいものを食べることによってハッピーになれるのであれば、おいしさを追求することは十分仕事になり得ますし、ハッピーになってもらえれば単純にうれしいですよね。

味の流行を予測し、商品開発に参入する

――具体的にどのような事業を展開されているのですか?

「レオ」による味覚データを用いた商品開発やマーケティング、プロモーション、コンサルティングなどを行っています。最近ではキリンビバレッジ株式会社から発売されている「生茶」のリニューアルにあたり、商品開発に参与しました。

新しくなった「生茶」は流通しているペットボトルの緑茶と比べ、苦味と旨味が非常に高く、余韻が残る仕上がりになっているんですね。それは現在ヒットしている数々の商品を分析すると、余韻が残る味を「おいしい」と感じる人が多いと分かったからなんです。でも、実は2年前は逆で、酸味の強いキリッとした味が好まれていたんですよ。

――ファッションや車のようにおいしさにも流行があるなんて、意識したことがありませんでした。

どんなに大好物であっても、常に同じ味付けのものばかり食べていると、どうしても飽きが来てしまいますよね。私の見立てでは、約2年周期で流行は変化すると考えています。キリッとした味があふれたなかで余韻のある味が登場すると、それが新鮮に思えておいしいと感じるんです。われわれは味のトレンドを「レオ」で予測できますから、商品開発に役立てられるんです。

人間の嗜好は常に変化を続けています。そうした傾向を先読みし、今後は「驚きの食べ合わせ」なども提案したいですね。データを収集し、研究を重ねていくことで、どんな味を提供すればいいのかがより明確になっていくはずです。

世界各国の“おいしさのデータ”の創出を目指す

――味の流行を先読みするなど、ユニークな味覚の研究を続けられている中で、最も驚いたこととはどのようなものでしょう?

日本人の味覚の精度が高いということです。2015年に日本人100名、外国人100名の味覚調査を実施した際、「甘味」「旨味」「塩味」「苦味」「酸味」「無味」の6点満点中、日本人の平均は5点、対して外国人は4点という結果となりました。

なかでも興味深かったのが、旨味を感じられる日本人は71名、外国人は34名という結果に。外国人は旨味を酸味だと答えた人が多かったんです。和食は味噌やしょうゆのような塩味と旨味の組み合わせが一般的ですが、諸外国ではトマトやヨーグルトなどの酸味と旨味の組み合わせが多い。だから旨味が単独で出されたときに、いつもセットで存在する酸味だと感じてしまうのだと推測されます。

旨味が日本特有の味覚だといわれている理由のひとつに、海に囲まれた土地であるがゆえ魚食が発達したことが挙げられます。魚介類は昆布出汁やカツオ出汁といった旨味を抽出する素材。それにより旨味を感じる力や鋭い味覚が自然と養われていったのでしょう。日本では当たり前の「コク」も、厳密に定義するのは難しいですが、これを感じ取ることができるのも、味覚の精度が高い日本人ならではと言えるかもしれません。

――日本と海外というくくりでも差があるのであれば、その違いを生かして何かしら新しいビジネスを生み出せそうですね。

おいしさの基準を明瞭化し、かつ国や地域ごとのおいしさのデータを集積していくことが、その第一歩になると思います。そのデータがあれば日本のメーカーが海外進出を狙ったとき、現地の味に調整する手助けができるようになるはずです。

例えば日本のスイーツの甘味の平均値は3.5、アメリカは4.5。国が違えば味覚も異なりますから、日本のお菓子メーカーが日本でおいしいと思うものでは、アメリカで勝負ができない。客観的なおいしさのデータは商品開発のプロセスで大きなウエートを占める要となるはずです。

さらに「レオ」の技術をスマートフォンと連動させる開発を進め、いずれは嗅覚の研究にも着手したいですね。おいしさは味覚に加え、香り、食感、色合い、咀嚼(そしゃく)した音といった五感と密接に関わっています。

視覚や聴覚の基準(数値化)はある程度確立されていますが、嗅覚は「基本五味」や「基本三原色」のようなベースすらない状態。カテゴライズが曖昧な分、大きな可能性を秘めている分野なんです。まずは着実に味覚データを蓄積する。「レオ」を導入したのとしないのでは「おいしさが格段に違うね」というレベルに到達させたいですね。

【プロフィール】
AISSY株式会社
http://aissy.co.jp
代表取締役社長 鈴木隆一

2006年慶應義塾大学理工学部卒業。2008年同大大学院理工学研究科を修了し、慶應義塾大学から出資を得てAISSY株式会社を設立。慶應義塾大学共同研究員(兼務)。「味博士」と呼ばれ、テレビ・新聞・雑誌など多数のメディアに出演し、多岐にわたる活動を行っている。近著は『日本人の味覚は世界一』(廣済堂出版)。サイト「味博士の研究所」を運営している。

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